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= まぶい分析学 Mabui Analysis =

「まぶい」とは琉球語で「たましい」という意味です。琉球語は古代大和語と深い関連があることが分っています。したがって、琉球語で語られる精神世界は、古代大和から連綿と続く日本人の精神世界を表し、いわば、日本人の心の源流であると考えられます。このような日本文化と西洋諸心理学を融合、体系化することが出来、これを「まぶい分析学」と呼んでいます。まぶい分析学の命名は、姫路獨協大・實川幹朗教授によります。記して感謝。 まぶい分析学と精神分析や分析心理などの他の心理学との違いは、分析と同時に治療法が提示されること、家族療法として主婦が修得すると家族成員に対しても効果を発揮することです。なお、http://matayan.ti-da.net/ にミラーサイトを準備しています。  
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世の中では、特に男女の中はややこしいもののようです(^^; 思いが簡単に伝わらないし、思い込みがひどくて困ることもあるし、やたらとストーキングさ れたりすることもあるし・・・。モテル人はうらやましいなあと思いつつ、しかし、本当に自分もそうなったら大変だろうなあ、と思います。

嫌なことになったとき、あるいはならないようにしようとするとき、・・・すべし、とかいう論があります。上からものを言う・・・というものです。特に宗教家の言うことや威張った人の言うことにはこれが多いと思うのはボクひとりではないと思いますがどうでしょうか?

ある神父の言った言葉というのについて述べたエッセイを見つけました。それは、エッチの条件 -遠山千秋-というブログの中の、甘えの構造というエッセイです。『神父』ということですからカトリックのクリスチャンですね。

そこから引用しますと、

-引用開始-

一つ、話しあうこと

二つ、笑いあうこと

三つ、怒りや恨みを持ち込まないこと

四つ、疑わないこと

五つ、許しあうこと

そして、十年後も「この人と結婚して良かった」と思うこと。

その神父さんは自らのことを具体例としてあげながら、笑いながら語ってくださいました。
-引用終了-

ということですが、これは正しいでしょうか?かなりの上からの物言いなので、アホか?とも思えます(笑)。というよりも、明らかに日本文文化ではないとい いましょうか、ずれまくっていて日本人の心境にはそぐわないような気がしますが、ファザコンの人には、あるいは心地よく響くのかもしれませんね(^^;

間違いの第一は、夫婦間での話し合いは、特に日本人の場合には二重拘束が強く発生しますので、話し合えば会うほどむちゃくちゃになることが多いのです。

間違いの第二は、笑いあうことは、ジョークやその他であれば良い訳ですが、長い付き合いになってきますと、それはマンネリ化して当然です。そんな中で笑いあうことは、かえって相手をバカにしているような印象を与えてしまいます。他人行儀な関係では可能でしょう。

怒りや恨みを持ち越さない?ははは、これは殴られても痛さを感じるなということに等しいくらいおかしなことです。甘えたくても甘えられない状態が続けば、 それが身内であれば、恨みや怒りが出て当然です。身内で無い人に対しても、人間の性質として、過去の経験を元に現在のことを判断する、という性質があるわ けですから、持ち越して当たり前なのです。持ち越すけれども、それをどうするか?ということを考えるのが重要なのです。

疑わないこと、これもまた(笑)。そのためには疑われないようなことをしないということが必要ですが、たとえそうやっても、疑い深い人は疑ってしまうもの です。問題は、疑わないことが重要なのではありません。疑うことは、現在、何か理解不能なことがあるからそうなるわけですから、疑うことは当然なのです。 ただ、闇雲に疑ってもしょうがないわけで、いわば、正しく疑うということが必要です。その方法を学べば問題とはなりませんね。

許しあう・・・不貞を働いた相手を許すというのは大変ではありますが、といいいますか、離婚の原因のひとつには之がありますが、初めから許しあうという前提の下ではやっていけませんね(笑)。

十年後もこの人と結婚してよかったと思うこと、にいたっては、もううんざりします(笑)。そう思えるような生活が後れれば幸せなのでしょうけれども、紆余曲折ありの人生において、十年後にそう思うこと、というように言われては、どうしようもないですね(笑)。

神父は神の代理としてこのように言うのでしょうけれども、それは虎の威を借る狐のような印象を受けます。そして、自分はできた、ということは、それは幸せ なほうであって、できる、できないは、その人しだいなのです。我慢してそのような理想とする状態を実現しようと努力する、これはまぶい分析学でいう『越 行』の状態であるわけですが、越行の状態は、大体10年前後しか続かないというのが臨床的知見です。

以上のように、『上からの物言い』というのは、当事者で泣ければかなり、いいこというなあ、という印象を与えるものではありますが、それは実際には問題だ らけなのですね。このように考えますと、人間の性質に反したことを神は要求しているということになります。まあ、彼は神だから仕方が無いのかもしれません が、人間の性質を理解したうえでの神の発言でなければ、それは人間をバカにしている発言ではないでしょうか。

日本人は宗教嫌いという調査結果が出たようです。嫌うことも正当である、理に適っているような気がします。

宗教「信じない」7割、「魂は生まれ変わる」3割…読売調査

5月29日23時41分配信 読売新聞

読売新聞社が17、18日に実施した年間連続調査「日本人」で、何かの宗教を信じている人は26%にとどまり、信じていない人が72%に上ることがわかった。

ただ、宗派などを特定しない幅広い意識としての宗教心について聞いたところ、「日本人は宗教心が薄い」と思う人が45%、薄いとは思わない人が49%と 見方が大きく割れた。また、先祖を敬う気持ちを持っている人は94%に達し、「自然の中に人間の力を超えた何かを感じることがある」という人も56%と多 数を占めた。

多くの日本人は、特定の宗派からは距離を置くものの、人知を超えた何ものかに対する敬虔(けいけん)さを大切に考える傾向が強いようだ。

調査は「宗教観」をテーマに面接方式で実施した。

死んだ人の魂については、「生まれ変わる」が30%で最も多く、「別の世界に行く」24%、「消滅する」18%--がこれに続いた。
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Dr.MataYan
年齢:
70
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男性
誕生日:
1947/08/09
職業:
日本文化の心理学と家族療法研究会主宰
自己紹介:
◎工学士(静岡大学、電気工学、昭和45年)
◎医学博士(東京大学、医用生体工学、昭和55年)
◎荻野恒一慶応大学客員教授に文化精神医学・精神分析を師事・共著:沖縄のシャーマニズム(祖先崇拝)に見る家族療法の機能、理想、628号。
◎臨床心理士(平成2年登録、なお、この肩書きを維持することへの疑問を感じたので、平成7年には再登録を停止した)

〒904-8799
沖縄郵便局私書箱第205号
日本文化の心理学と家族療法研究会
電話 090-1940-0525
電子メール postmasterに@を続けてその後にmatayan.comと書く

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