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= まぶい分析学 Mabui Analysis =

「まぶい」とは琉球語で「たましい」という意味です。琉球語は古代大和語と深い関連があることが分っています。したがって、琉球語で語られる精神世界は、古代大和から連綿と続く日本人の精神世界を表し、いわば、日本人の心の源流であると考えられます。このような日本文化と西洋諸心理学を融合、体系化することが出来、これを「まぶい分析学」と呼んでいます。まぶい分析学の命名は、姫路獨協大・實川幹朗教授によります。記して感謝。 まぶい分析学と精神分析や分析心理などの他の心理学との違いは、分析と同時に治療法が提示されること、家族療法として主婦が修得すると家族成員に対しても効果を発揮することです。なお、http://matayan.ti-da.net/ にミラーサイトを準備しています。  
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2004年9月18日:初出し
2008年(平成20年)4月15日(火):旧ブログより移動
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世間を震撼させた佐世保章6殺人事件で、長崎新聞が「普通の子」というタイトルで記事を載せている。記事は次のように結んでいる。

一見普通に見える子でも、心の奥底に重大な問題を抱えている可能性をあらためて問い掛けた今回の事件。大人たちが子どもとどう向き合い、心の叫びをどうキャッチするか―。重い課題が残された。

これはもうすでに重い課題などではなくなっており、方法論が存在するといってよい(本稿末尾関連記事参照)。問題は、このような事件がおきると、「普通の 子」なのに「なぜ?!」ということがあちこちから、しかも識者からあがるのが常であった。「普通の子」という表現にはかなり違和感を覚えるのであるが、こ のことについて、東京女子大学の林道義教授が彼のホームページの寸評で述べてている。彼の論と対比させながら、このことについて考えてみたい(流れるのが早いので、下記に全文引用しておく)。

平成16年9月17日
「普通」と言ってはいけない ──佐世保小6同級生殺害事件

佐世保小6同級生殺害事件で、家裁佐世保支部の処分決定が出され、その理由の中に「やはり」と言うべき親子関係の特徴が並んでいる。


女児は幼いときから泣くことや甘えることもなく、独りで遊んだ。両親の目には「育てやすい」「ひ とりで過ごすことを好む」「手がかからないいい子」に映ったが、それは感情表現が苦手であることの裏返しだった。女児は「愛情を基盤とする人間関係が育っ ていない」ため、「人命を奪った重大性や家族の悲しみも実感できていない」とされる。

「女児の両親は情緒的な働きかけが充分でなく、おとなしい手のかからない子として問題性を見逃してきた」とも指摘している。厳しい批判を含んだ指摘である。

ここには、子育ての中での親子の(とくに女児の場合には母子の)情緒的なつながり、コミュニケーションがいかに大切かが示されている。

そういう重大な認識をことさらに否定し、母親の就労が子供の発達にとってなんらマイナスにならないというエセ研究を繰り返し発表し宣伝してきた人々の責任 も明らかにしなければならない(たとえば、本HPの「母性とフェミニズム」「13 菅原レポートの非科学性 ── イデオロギー主導の偽「研究」 ──  ウソに加担する新聞社の責任は?」)。母子の接触時間が少なくなると、知的発達にではなく、情緒的発達に支障をきたすのである。そのことが改めて明らかに なったことこそ、この事件のなによりの教訓としなければならない。

ところで、私がとくに気になって仕方ないのは、識者と言われる人たちのコメントである。判で押したように、この加害者の女児を「普通の子」と言っている。「どこにでもいる普通の子」だそうだ。

上記のような発達障害を、ことさらに「普通」と言いたいのは、どのような心理によるものか。好意的に見れば、今どきの家庭では、この程度の親子関係の希薄 さは「普通」だと言いたいのであろう。つまり「どこにでもある程度のものだ」という意味である。現代の家庭の傾向を示している。だからこれを問題だと言っ てしまうと、どの家庭も問題だということになってしまう、と言いたいのであろう。

その裏には、この両親をかばいたいという心理が働いていないだろうか。さらに言うと、子供との情緒的なコミュニケーションをしていない親たちを弁護しようという意図がないであろうか。

この推測はあながち意地悪な見方ではない。というのは、家裁の決定文の中にある、両親に対するかなり厳しい言及については、マスコミに登場する人たちの、 それとない不満が聞き取れるからである。彼らはその不満をあまりはっきりとは表明しない。なにしろ殺人を犯した女児の育て方に問題がなかったはずがないか ら、問題点の指摘に正面きって批判できない事情がある。しかし本心では「そこまで親に要求するのは無理だよ」という声なき声が聞こえてきそうである。

そういう声なき声に配慮しているのが、「どこにでもいる普通の子」だという見方である。「特別に悪い育て方をされたわけではない」「今どきの親なら普通の育て方だ」という含意がある。

そのようにことさらに「普通」を強調すると、「普通なら仕方ない」ということになりかねない。問題点が水で薄められることになりかねない。しかし親子のコミュニケーションが極端に少ないのは、決して「普通」ではない。少なくともそれを「普通」と言ってはならないのである。

それは「普通」ではなく「よくないこと」だと言い続けなければならない。「よくないこと」「危険なこと」だということを、この事件の親子関係の分析は示しているのである。このことを我々は肝に銘じておかなければならない。








未完

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日本文化の心理学と家族療法研究会主宰
自己紹介:
◎工学士(静岡大学、電気工学、昭和45年)
◎医学博士(東京大学、医用生体工学、昭和55年)
◎荻野恒一慶応大学客員教授に文化精神医学・精神分析を師事・共著:沖縄のシャーマニズム(祖先崇拝)に見る家族療法の機能、理想、628号。
◎臨床心理士(平成2年登録、なお、この肩書きを維持することへの疑問を感じたので、平成7年には再登録を停止した)

〒904-8799
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