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= まぶい分析学 Mabui Analysis =

「まぶい」とは琉球語で「たましい」という意味です。琉球語は古代大和語と深い関連があることが分っています。したがって、琉球語で語られる精神世界は、古代大和から連綿と続く日本人の精神世界を表し、いわば、日本人の心の源流であると考えられます。このような日本文化と西洋諸心理学を融合、体系化することが出来、これを「まぶい分析学」と呼んでいます。まぶい分析学の命名は、姫路獨協大・實川幹朗教授によります。記して感謝。 まぶい分析学と精神分析や分析心理などの他の心理学との違いは、分析と同時に治療法が提示されること、家族療法として主婦が修得すると家族成員に対しても効果を発揮することです。なお、http://matayan.ti-da.net/ にミラーサイトを準備しています。  
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2004年9月19日:初出し
2008年(平成20年)4月13日(日):旧ブログより移動
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日本人の行動・道徳規範を形作るもののひとつとして「世間の目」というものがある。世間について調べてみると(大辞泉)、

せ‐けん 【世間】 《(3 )が原義》
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1 人が集まり、生活している場。自分がそこで日常生活を送っている社会。世の中。また、そこにいる人々。「―を騒がした事件」「―がうるさい」「―を渡る」
2 人々との交わり。また、その交わりの範囲。「―を広げる」
3 仏語。生きもの(衆生(しゆじよう)世間)と、それを住まわせる山河大地(器(き)世間)、および、生きものと山河大地を構成する要素(五陰(ごおん)世間)の総称。
4 人の住む空間の広がり。天地の間。あたり一面。「俄(にはか)に霧立ち、―もかいくらがりて」〈大鏡・道長下〉
5 僧に対する一般の人。俗人。「ある律僧、―になりて子息あまたありけるうち」〈沙石集・三〉
6 社会に対する体面やそれに要する経費。「―うちばに構へ、又ある時は、ならぬ事をもするなり」〈浮・永代蔵・四〉
7 この世の生活。財産。暮らし。境涯。「武州に―ゆたかなる、所の地頭あり」〈沙石集・九〉 

といった意味がある。「世間の目」というときは、自分が住んでいるところの周りにいる人々の目、という意味になる。「世間」は、西洋の「社会」という概念 に対置できる日本の世界認識のための概念である。重要なのは、あくまでも自分が住んで活動してるところの周りが対象であることで、見知らぬ土地へ行ったと きなどは「旅の恥は掻き捨て」といったことになり、「世間の目」が機能しないことがある。これから分かるように、「世間の目」は「恥」という観念と密接に 関係するものである。

ところで、「世間の目」が我々に発生するのは、どうしてなのだろうか。そして、西洋人にはなぜ発生しないのだろうか。

石田春夫著「自己不安の構造」(講談社)によれば、「自己」は、常に他者の目を通して始めて作りあげられる、ということがある。これを彼は「見られるため の自己」と名付けている。人間は、今まで未経験の状態に遭遇すると、それへの対処として、他者に聞くということをするのだ。例えば、始めて結婚式に参列す るときは、いくら包むか、何を着ていくか、・・・、といったことを経験者なりに聞くものだ。聞いたことを行い、それが受容されれば、それはそういう風にす るものだ、という「常識」が作りあげられる。人間は万事がこのようにして、いったんは他者の目を通してはじめて自己は作りあげられるというのである。

さて、ここで日本人と西欧人の違いを考えみよう。

一般的生活習慣の違いとして、日本人は親子が川の字になって寝る、西欧人は親子は別個に寝る、ということがある。また、日本人は「童神」という概念を持 ち、子供は何をしても許されるような面がある。これに対し、西欧では、悪いことは悪いこととして厳しくされる、ということがある。これらの状態をマズロー の階層欲求に照らして考える。日本人の場合には、安全欲求が充足されやすく、次位の所属・愛情欲求が自然に現れると考えて良い状態である。これに対し西欧 人の場合には、安全欲求は充足されがたく、常に不安を覚える状態にありがちになると考えてよいだろう。

所属・愛情欲求を求める心意は、相手(他者)との関係を確立し相手から好かれることを欲する。この相手というのは、当初は親であるが、成長と共に、多くの 他者が関与するようになる。この親を含めた多くの他者との関係を維持し、それから好かれようとする心意が「世間の目」となるものであると考えられる。

一方、西欧人の場合には次のようになる。安全欲求が充足されにくい状況にあるので「越行」もしくは「退行」が必然的に生じるであろう。安全欲求未充足によ る越行は、多くは承認欲求の形をとって現れる。これは「自分を認めてくれ!」という心意である。越行であるから、「がむしゃら」に自分を認めてくれ!とい うことになる。このような心意は西欧人とお付き合いの経験のある方ならすぐに理解されよう。これは安全欲求の未充足からくる心意であるから、背後には「不 安」を抱えていることが特徴である。不安を鎮めるために「認めてくれ!」というようになるとも考えられ、したがって、認められると大喜びし、認められなけ れば落ち込む、といったことが現れるのが特徴だ。また、「退行」として現れると、これは生理的欲求をひたすら充足させようとする行為となる。食欲(西欧人 には極度の肥満が多い)、性欲(セックスにつつしみがもてない)といったことが現れる。特に後者は日本のポルノと西欧のポルノを比較すれば、それは一目瞭 然ではないだろうか。

(註)上記においては「日本人」、「西欧人」とひとくくりにしているが、その根底は生活習慣の違いにある。したがって、本質的には、日本人、西欧人の違いではなく、生活習慣の違いであることに注意すべきである。


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日本文化の心理学と家族療法研究会主宰
自己紹介:
◎工学士(静岡大学、電気工学、昭和45年)
◎医学博士(東京大学、医用生体工学、昭和55年)
◎荻野恒一慶応大学客員教授に文化精神医学・精神分析を師事・共著:沖縄のシャーマニズム(祖先崇拝)に見る家族療法の機能、理想、628号。
◎臨床心理士(平成2年登録、なお、この肩書きを維持することへの疑問を感じたので、平成7年には再登録を停止した)

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