2004年8月7日:初出し
2008年(平成20年)4月19日(土):旧ブログより移動
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五年ほど前に新聞紙上(琉球新報)に掲載されたものであるが、ここに再掲しておく。
森喜郎首相が「日本は神の国である」という発言をし物議をかもした。日本は天皇を現人神として立てた経緯があるので、時代錯誤も甚だしく首相の資質無し、とまで罵られることとなった。果ては初めての外遊で韓国を訪れると「神の国へ帰れ!」とまでの歓迎を受けたという。
ところが、もしこれが沖縄で「沖縄は神の国である」という発言であったらどうだろうか。先述した反発は決して生まれず、むしろ好感を持って受け入れられた と考えられる。実際、リクルート社が発行する月刊雑誌ダ・ヴィンチが作家の森真沙子さんに沖縄取材を依頼し、私が案内をすることとなったのが今年の四月号 に掲載されている。その記事には「神々のワンダーランド沖縄」という形でアニミズム・シャーマニズムの世界が紹介されている。決して違和感など感じない。
日本は邪馬台国の女王卑弥呼のように、もともとはアニミズム・シャーマニズムの世界観を有する国である。武田信玄など戦国時代の武将もアニミズム・シャーマニズムの世界を意志決定する際には必ず利用したという。
ところでアニミズムとは「全ての物質(生物・非生物を問わず)に霊魂の存在を想定する」世界観である。霊魂の概念は非現代的で迷信ぽいが、しかし「人の心 に影響を与える目に見えない力」と定義すると、勢い近代的かつ科学的なものに変身する。霊魂の延長概念として、アニミズムにおける神もまた「その存在無し には人類が生存し得ず、あるいは人間の心の平穏を維持できないほどに強大な影響力を有する全ての物質」と定義できるものである。具体的は、天・地・海の大 自然、子にとっての親、親にとっての子、商人にとっての顧客、等々数え上げればキリがない。まさに八百万の神々の概念なのである。この世界での神々と人間 の関係は「我々を平穏な心で存在させてくれる神々を大切にする」というものである。自然を愛でる日本人の伝統的な心情の原点はここにあると考えられる。
以上の概念は理論的には世界に通用するだろう。種々雑多な宗教文化的背景を持つアメリカ人学生(メリーランド大学)に講義しても受け入れられるからだ。さ らにまた、心の病を扱う心理療法の原点をも定義しうる。すなわち「心の病はその人にとっての神々との関係が思わしくないことから発生する」と。
平安時代の言語が今なお残る沖縄には当時からの精神文化も残っていよう。沖縄のアニミズムがまさにそうなのでは? こんな話を近々東京都文京区で青年達に最新の心理療法上の成果とともに講演(招待)を行う予定である。青年達の反応が楽しみである。
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