本当に世の中は皮肉に満ち溢れていると思います。皮と肉だけですが、餓死することなんてないでしょう(笑)。冗談はともかくとしまして、期待通りにならず に逆効果になっている、ということが良くありますが、そういう状態に気づかないでもがきあがいている人達を見かけることがあります。可哀想ですが、どうし ようもありません(^^;
まず、分りやすい例から行きましょう。だいぶ前になりますが、かつて沖縄県糸満市の市役所の前には「時間を守ろう!」という横断幕がかけてありました。これは、糸満市民が時間を守るということはないという証拠になります(笑)。写真を掲げられないのが残念です(^^;
同様に、あちこちの市町村で、陸橋などに『交通安全』という横断幕や立て札も良く見かけます。これも、その市町村で交通事故が少ないということを示すものではなく、事故が多いからこそ、関係者が憂慮してそのようなことをするわけですね(^0^)。
このブログの上部に、沖縄県の代表的な建築物のひとつ、守礼門(沖縄県してい文化財)が描かれています(崇礼門ではありませんよ、念のため)。かつては 「日本三大がっかり名所」(関心ある方はググられたし(笑))と呼ばれたり、受験生がこの門をみると琉球大学の入学試験に落ちると言われたりしたものです (笑)。
守礼門には「守礼の邦」という扁額がかかっています。これは、冊封をしているとき、中国の皇帝から「琉球は守礼の邦と称するにたる」といわれたということらしいのです。なんだかバカにされているような気がしませんか?
このような扁額を掲げるということは、しかも、冊封使がいるときだけで、いなくなると「首里」という扁額に変えたということがあったということですから、何か問題がありそうですね(笑)。
沖縄は、甘えが強い地域です。この件については、後日改めて書きます。甘えが強いと、言葉や態度が粗雑になることは御存知でしょうか。「甘えられない関係 にある人」に対して礼儀が必要なことからお分かりになるかと思います。つまり、我々からすると、礼儀なんてかまっちゃおられん!そんな他人行儀名関係じゃ ない!いちゃれーむるちょーでー!(行き会えば皆兄弟)だ、なんていう風潮です。ですから、そのような扁額を掲げるということは、先に述べた礼からも想像 できますように、実際には沖縄は「無礼の邦」ではなかったかということが考えられます。だからこそ、お客様がいらっしゃる期間中は「守礼の国」と掲げて臣 民の気持ちを引き締めたのではないでしょうか?
また、家庭内に、家内安全とか商売繁盛とか、いわゆる守護札が貼られていることがあります。沖縄ではフーフダといって寺社が販売しています。沖縄独特といわれる『火の神』も、仏教者が手を入れるようになると、例えば、南無御火の神守護、と言ったことを書いた大麻が祀られることがあります。これもサーダカウマリの目から見るとおかしいらしいのです。というか、全く、なるほど!なのです(^^;
家内安全でないから『家内安全の護符』が、商売が繁盛してないから「商売繁盛の護符」が貼られるのですよね?費の神も、火の神として機能していないから『南無火の神守護』となるのですよね?家内安全にしろ、商売繁盛にしろ、また火の神御守護にしても、そういうことでないから、例えば、家内が安全でないからそういうことがなされるわけです。つまり、そういう札が貼られたところは、とても居心地が悪いのです。
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