しかし、この欲求階層論は、多くの人が実際には当てはまらないという疑問を呈している。例えば、食糧事情が悪く、政情が不安定で争いが多発しているような安全欲求が充足されにくいような国や地域では、マズロー的には人間は成長しないことになってしまう。ところが、そのような国や地域においても、承認欲求や自己実現欲求を持って行動している人間は普通に見られるのである。
以上の点は、マズローが人間性の心理学とは言いながらも、人間性(の発達)を記述できないという大きな難点である。この難点を克服するには、基本的欲求の充足とともに基本的欲求に基づく甘えの心理の充足を考えると良いことが知れている。つまり、
(1)生理的欲求に基づいて甘える
(2)安全欲求に基づいて甘える
(3)所属・愛情欲求に基づいて甘える
(4)承認欲求に基づいて甘える
(5)自己実現欲求に基づいて甘える
というのが人間の発達過程であるということになる。この発達過程は、次のようにも考えることができる。
生理的欲求と安全欲求は、主として家庭内において充足される必要があるもので、この二つをまとめて「家庭的欲求」と名付けよう。また承認欲求と自己実現欲求は、主として社会において充足される必要のある欲求であるから、この二つをまとめて「社会的欲求」と名付けよう。所属・愛情欲求は、家庭的欲求から社会的欲求へ接続する「接続欲求」と名付けよう。
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