沖縄の精神文化、ひいては日本文化の基層である祖先祭祀システム、祖先崇拝は、日常生活に深く根を下ろしている反面、その意義はきちんと理解されていない。特にトートーメー継承問題に関しては、それどころか恐ろしいことに、間違った状態で広められているようだ。以下に示すのは、
沖縄県男女共同参画センター・てぃるるでの
女性学講座の報告書である。
以下に、同報告書から、トートーメー問題に関する報告部分を引用する。もっと詳しいのは学習会の資料から得られるが、一部の人達(参加者)への頒布資料であるので、ここでは取り上げない。
(引用ここから)
続いて後半では、「戦後の新たな文化」として「トートーメー問題」を取り上げた。
現在、沖縄で言われる「トートーメー問題」とは、位牌の継承のあり方にまつわる「4つのタブー」に依拠している。4つのタブーとは①嫡子押し込め(長男がいるのに長男を押しのけて次男、三男が継いではいけない)、②兄弟重牌(兄弟同士、長男のものを次男が、あるいは次男のものを長男が継いではいけない)、③他系混淆(他の男子を娘の婿養子に迎えて継がせてはいけない)、④女グァンス(女子に継がせてはいけない)、のこと。特に①、④は明治民法における女性排除の思想が影響していることを指摘した。
また②、③は、「位牌継承の歴史上、もともと尚家では自由にやっていたのに、その後の人たちが非常に複雑にしていった。そして戦後は、社会の慣習も形を変えて女性の地位を低くしていった部分がある。今でも、離婚した女性でも長男を生んでいれば、離婚後も前妻の遺骨は元夫の墓に入るなどの慣行が残っている」と、語った。
(引用ここまで)
上記で”4つのタブー”ということは問題ないが、その内容が間違っているのである。
第一の誤り:
”嫡子押し込め”とあるが、”嫡子”とは『1 家督を継ぐ者。普通は長男。また、一般的にその家を継ぐ人。てきし。2 正妻の生んだ子。嫡出子(ちゃくしゅつし)。⇔庶子。』とあるように(Yahoo辞書大辞泉)、庶子を含まない。ところが、実際には、庶子も含んでいるのだ。したがって、”嫡子押し込め”ではなく”長男(長子)押し込め)”が正しいのだ。長男のことを祖先祭祀システム・祖先崇拝では、チャッチと呼んでおり、チャッチ・ウシクミと呼ばれているのである。
第二の誤り
チャッチウシクミのことを”長男がいるのに長男を押しのけて次男、三男が継いではいけない”と説明しているが、そうではない。長男は嫡子ではない場合もあるのだから、”嫡子押し込め”ということと矛盾することもあわせて、・・・してはいけない、ということを表現するものではないのである。長男であるのに、親の位牌が祀られているトートーメーを継ぐことが出来ない状態、その状態をチャッチウシクミと言うのである。
第三の誤り
兄弟重なり(チョーデーカサバイ)というのも、・・・してはいけないということを示すものではない。トートーメーの中に、兄弟の位牌が並んで祀られるような状態のことをさして言うのである。
第四の誤り
これなどは正しいところは文字一片にも無い。他系混交はタチーマジクイと呼ばれるもので、あるとき、見知らぬ人が訪れてきて、貴方の仏壇の中のトートーメーには、私の祖先が祀られているとユタの判示が出たので拝ませてください、といったような状態のことを言うのである。つまり、祖先が家族が知らぬうちに、浮気をして種をまいていたということなのである。
第五の誤り
これもあきれた間違いである。女元祖とはイナグ・グヮンスと呼ばれるもので、”出戻り女”あるいは”行かず後家”であった祖先の位牌のことを言う。また、グヮンスというのは、今世(イマガユー)の時代を生きた祖先のことをさして言うのである。イマガユーとは、現代の沖縄において、自分達から約25代祖先までの時代のことだ。これは、換言すれば、個人の名で祖先を特定することが出来る時代ということだ。それが出来ないもっと上の時代は御世(ウユー)と呼ばれるのである。
第六の誤り
明治民法における女性排除の思想云々とあるが、それは無い。そもそもそういう法律というか表社会の文化の産物ではないのだ。祖先祭祀システム・祖先崇拝の論理に基づく病気直しや不幸からの脱却、癒しのシステムは、法律によって成り立っているものでは断じてない。
指摘していけばまだまだあるが、もうこの辺でよいだろう。もともとの意味とは全く関係ないものが公費で講座として広められていくのを見ると、なんとも情けない気持ちになる。早く改訂してもらいたいものだ。
このように、誤った内容のものも、下記の資料に示すように、学術論文の参考になるようであるともうだめだろう。本来は、この研究者(中川千春氏)は、参考・引用資料にあげるならば、それなりの検証も行う必要があるかも知れないが、そのまま採用されているのを見たりすると情けなくなってくる。このあたりは、学識者の誰もが知らないがゆえに、まかり通ってしまうだけのことだろう。
沖縄の離婚率と家族制度 中川千春(大阪市立大学大学院文学研究科・文学部)。研究者は、社会的責任の大きさに注意すべきだろう。
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