祖 先祭祀にまつわる重要な概念のひとつに、ニンヌミグイ(念(もしくは年)の廻り)というものがある。これは、ある症状が祖先からの知らせとして生じたけれ ども、知らせをくれた祖先の苦揺解きをし、それが成功した結果、祖先からの褒美がもらえ、症状が消失したとする。しかし、その後にまた、症状が再発したと き、ニンヌミグイが来た!というように表現するものだ。ニンヌマーイとも言う。祖先祭祀用語辞典から引用しておこう。
ニン・ヌ・マーイ[年(念)の回り] 病気や不幸などが再発すること。これは次の様にして発生する。ウヤチナギ・クヮチナギ(親と子の心の絆)が十分に行なわれず、ある人が甘えたくても甘えら れない状態にあって(このときには、すねたり、僻んだり、恨んだり、ふて腐れたり、やけくそになりやすい心理状態にあるので、対人関係がうまく行かず、イ ライラしやすい)種々の肉体的、精神的症状を引き起こしているとき、適切な御願を行なえば、この症状は消失してしまう(ウグヮンの項を参照)。
ところが一般に「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という諺があるように、また元の関係に戻ってしまい、また甘えたくても甘えられない状態になってしまう。この再 発までの期間は個人差が著しいので、また回復してからどのような御願を続けるかによって異なるので、一概には言えない。このようなことが繰り返されること がニン・ヌ・マーイである。
ニン・ヌ・マーイの医学的意味は以上であるが、祖先崇拝では、次の様に解釈する。どちらも葛藤を内在化するか外在化するかの違いであって、本質的には全く同等の概念である。
ある症状が出たとき、ある祖先からのシラシとして考えて、その祖先の苦揺解きを行なったとする(御願を行なったといってもよい、シラシ、ウグヮン、チヂウ リの項を参照)。祖先の苦揺が解けて症状が消失したとき、それは祖先が成仏した証拠となる。その祖先は成仏したのであるから、二度と祖先からの知らせ(ウ ヤ・ファーフジ・カラヌ・シラシの項を参照)送ってくることはない。次にシラシを送るのは、今回成仏した祖先が苦揺する原因を作った祖先(成仏した祖先の 親あるいは祖父母)が、自分も苦揺しているから解いて欲しいと願っているためであると考える。その祖先の苦揺を解けばまた症状は消失するが、またその祖先 の祖先がシラシを送ってくる、と考えることが出来る。つまり、ニン・ヌ・マーイが生じる度に祖先代々を遡って苦揺解きを行なっていくこととなる。このよう にして祖先代々に渡って遡る過程をシジ・タダシと呼んでいる(シジ・タダシの項を参照)。シジ・タダシとニン・ヌ・マーイ、それにウ・サトゥイの概念は、 祖先崇拝による現世利益の追究(医学的に言えば「治療効果の追究」となる)手段の基本である。
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