ここに沖縄県中頭郡
西原町のホームページがある。その中に、西原町と町女性団体連絡協議会主催「講演会」のページがあり、“まごころが大切です”
トートーメーを考える講演会開 催というのがある。2001年と古いのであるが(^^; ここでは、お寺の住職さんが講師に招かれているけれども、ここに大きな問題が隠れていることにど れだけの人が気付いているだろうか。仏教は祖先崇拝とは全くの別物であり、祖先崇拝の慣習について意見を求めるのはナンセンスなのである。もちろん、仏教 者が良く調査・研究しておれば別なのであるが・・・。寡聞にしてそのようなことは知らない。
トートーメーについて、仏教者が語ること自体、まず無意味である。なぜなら、仏教にトートーメーの教えはないし、トートーメーが意味する祖先の人間関係や、祖先からの知らせという概念もないのである。仏教と祖先崇拝は、全くの別物であることに気をつけなければならない。
(引用ここから)
いろいろな宗教の流れを述べた後「トートーメーは、女性でも継げる。チャッチウシクミ(長男をのけ者にする)やチョーデーカサバイ(兄弟重複)、イチク カサバイ(従兄弟重複)も問題ない。一番大切なことは、まごごろを込めることです。」と話しました。
(引用ここまで)
という御意見であるが、きわめて無責任である。
(1)トートーメーは女性でも継げる・・・継ぐときに注意が必要で、それを知って継ぐなら問題ない。
(2)チャッチウシクミ(長男をのけ者にする)が問題ない?・・・そんな馬鹿なことはない。長男が継げない(社会的に一人前でないとか)様な状態になっているから問題なのである。そして、これが子々孫々へ伝達されてしまうのだ。
(3)チョーデーカサバイ(兄弟重複)が問題ない?・・・そんな馬鹿なことはない。兄弟が重なるということは、兄弟が若死したということだ。その結果、家庭にある種の不幸が起こったのだ。それが問題なのである。イチクカサバイも同じ。
真心を込めること?それは基本であって”一番大切なこと”ではない。一番大切なことは、祖先に起きた問題を、同じことを起こして苦しむことがないように色々と悟り、それなりに対処する力を持つことだ。真心はそのときに必要なのである。
以上のように、全くの無関係な話になってしまうのだ。祖先崇拝の文化の中で、仏教者が必要とされているのは、ニンブチャーの代わりであることに注意したい。
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