文化とは、大辞泉によれば次のようである。
ぶん‐か 〔‐クワ〕【文化】
-------------------------------------------------
1 人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。「日本の―」「東西の―の交流」
2 1 のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される。
--------------------------------------------------
つまり、文化とは人間の心(あるいは精神)の活動の所産である。←当たり前か(笑)
人間の活動の所産であるなら、まずはどう生きるか、の工夫が文化となるであろう。衣食住などがそうである。住んでいる土地の性質によって、より快適である方向に選ばれていくであろう。いってみれば、大地のたましい(精霊)・・・ゲニウス・ロキの作用と考えられる。
註 「たましい」は、日本文化の心理学と家族療法(まぶい心理学)
では、人の心に影響を与える力、と定義する。
次には「子育て」の方法であろう。こんな場合はどうする、こうする、といったことが昔からの方法があるわけで、母親になったばかりの人は、こういった文化がなければ、子育てはなかなか難しいであろう。
故郷・親元を離れて都会で生活し結婚するようになると、衣食住は買い求めればすむものであるが、この「子育て」だけはどうにもならないであろう。孤立した中で若夫婦が奮闘するわけであるが、どうしようもなくなれば、泣き喚く子供を虐待なんぞしてしまいそうである。また、イライラする自分をもてあまし、子育てどころではなくなってしまう場合だってあろう。
人間は、医学的には生理的早産の結果としてこの世に生を受けるので(幼形成熟とかネオテニーとも呼ばれる)、本能が機能する部分が少なく、多くは「学習」によって、生き方すなわち文化を継承する必要がある生物である。
こんな中で、衣食住と同じように、「子育て」までもが買い求められるような風潮が出来上がっている。それは保育産業の勃興と言っても良い、子育ての外注化の傾向である。従来は自分達で行っていたものが、都市化によって、文化の断絶が発生し、それを補うものとしての産業化が進んでいると言っても過言でない。
これは人類にとって良い傾向なのだろうか?子育ての外注化の促進により、親と子の情緒的結びつきが少なくなるわけであるが、換言すれば、親と子いう関係が表面的なものになってしまい、実質的には他人化していくということであるのだ。実際、沖縄県では貧困度は日本一であるため伝統的に共稼ぎが多く、祖父母達に預けられて育てられたケースを割りと見ることができる。
このとき、心理的母親は祖母になっていることが多く、生物学的母親は心理的な母親すなわち甘えることができる母親でなく気を使う母親になっていることが多い。すると子として甘えられる期間が短く、甘えたくても甘えられない状況になってしまうので、拗ね、僻み、恨み、不貞腐れ、自棄糞の心意に支配されやすいのである。
PR