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= まぶい分析学 Mabui Analysis =

「まぶい」とは琉球語で「たましい」という意味です。琉球語は古代大和語と深い関連があることが分っています。したがって、琉球語で語られる精神世界は、古代大和から連綿と続く日本人の精神世界を表し、いわば、日本人の心の源流であると考えられます。このような日本文化と西洋諸心理学を融合、体系化することが出来、これを「まぶい分析学」と呼んでいます。まぶい分析学の命名は、姫路獨協大・實川幹朗教授によります。記して感謝。 まぶい分析学と精神分析や分析心理などの他の心理学との違いは、分析と同時に治療法が提示されること、家族療法として主婦が修得すると家族成員に対しても効果を発揮することです。なお、http://matayan.ti-da.net/ にミラーサイトを準備しています。  
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2004年(平成16年)8月6日 初出し
2008年(平成20年2月26日(火) 旧ブログより加筆・転載

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カウンセリングとは、西洋心理学から生まれた言葉であるが、どういうことかを見てみよう。まずは、カウンセリングとは何か。「国語辞典(Yahoo辞書)」を見てみよう。

カウンセリング 【counseling】学業や生活、人間関係などで悩みや適応上の問題を持つ人に対して、心理学的な資料や経験に基づいて援助すること。

とある(大辞泉)。要は心の問題の解決のための支援である。ここで注意すべきことは、心理的な支援を必要としているのか、福祉的な支援を必要としているのかの弁別が肝要である。この辺の区別なくしては、意味も効果も存在しない。存在するのは心理士の飯のタネとしての”事件”だけである。

わが国ではカール・ロジャースの来談者中心療法(Client Centered Therapy)がよく指導され普及しているようだ。ロジャーズが主張した治療者の態度として、どんなカウンセリングにもあてはまるような基本的な原則がある。それは、①純粋性もしくは真実性(役割行動や防衛的態度をとらず、セラピストの感情とその表現が一致していること)、②共感的理解、③無条件の肯定的関心である。ロジャースはその初期には、クライエントに対し何をすべきかという指示しないことを特徴としていた(非指示療法)が、治療者の態度を重視する来談者中心療法へと変わっていった。クライエント自らが自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定するしていくのを助けることだ。

現実には、カウンセリングを受けたい、といって訪れる人達は、「話をとにかく聞いて欲しい」というのは少なく、「こんな問題を抱えているがどうすれば解決できるのだろうか?」というのがほとんどを占めている(筆者の場合)。これではロジャースの方法は役に立たない。非指示で、共感的理解、無条件の肯定と関心では、クライエントは「バカにするな!」と怒って帰ってしまう。実際、カウンセラーは話を「聞くだけ」しかしない、という文句が多い。

良く考えてみると、カウンセリングが必要な人というのは、親子関係の問題を抱えているもので、親子の関係さえ悪くなかったら、カウンセリングに来る必要は無いようにも思えるのである。いうなれば、カウンセラーは、クライエントにとっての理想的な親代わりを演じることにその本質があることになるのだろう。

ならば、親代わりのカウンセラーの養成というのは、ちょっとおかしな話であることになる。カウンセラーの教育というより、親を教育することのほうがより本質的ではないのだろうか。さもなくば、クライエントは増加するが、それに連れてカウンセラーも増加する、ということになる。これは現代の日本の状況でもあろう。しかし、これは赤痢菌を駆除することなく、赤痢の症状に対処する専門家の医師を育成するのと同じようなもので、患者と専門家の増加にしか寄与しないのだ。

まぶい分析学では、その対象は「親」となっているのが特徴である。親自身が家庭内で夫婦、親子関係の問題を解決しうるような能力を身につけることである。

以上のことが目的であるので、ロジャースの方法論とは正反対になってしまうことが多々ある。「どうすればいいのか?」と問われれば「それはこういうことだからこうしてみたらどうか」といった指示が行われる。また、理解・共感しただけでは済まされず、問題の原因の特定と対処法を伝授しなければならない。

このようなことを行ってきた経験からすると、その家庭内で考えて対処すべき事柄が、単に感情に任せてきた結果、問題として析出してしまう、というのが心の問題の本質的な部分ではないかとさえ思われるし、これは正しいのではないかと思われる。

要は、我々は人間として生きているのであるが、人間というものの性質を知らずに人間として生き、人間同士の関係を持っているといえる。自分や相手の基本的性質を知らずして、無知の状態であるわけなので、ブレーキやアクセルの働きや使いかたを知らずに自動車を運転するようなものなのだ。

まぶい分析学はこのような状態に対応しようとする心理学体系である。
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Dr.MataYan
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1947/08/09
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日本文化の心理学と家族療法研究会主宰
自己紹介:
◎工学士(静岡大学、電気工学、昭和45年)
◎医学博士(東京大学、医用生体工学、昭和55年)
◎荻野恒一慶応大学客員教授に文化精神医学・精神分析を師事・共著:沖縄のシャーマニズム(祖先崇拝)に見る家族療法の機能、理想、628号。
◎臨床心理士(平成2年登録、なお、この肩書きを維持することへの疑問を感じたので、平成7年には再登録を停止した)

〒904-8799
沖縄郵便局私書箱第205号
日本文化の心理学と家族療法研究会
電話 090-1940-0525
電子メール postmasterに@を続けてその後にmatayan.comと書く

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