2008年1月15日 統合のためHPより転載。 沖縄県公衆衛生学会にて発表したもの。残念ながら、日付が無い(^^; 要調査
2008年(平成20年)3月26日(水):旧ブログより移動(良く考えれば、タイトルがまずい(^^; 「老人介護・看護と祖先祭祀(祖先崇拝)の生活習慣」とすべきだった(^^;
------------------------------------------------------------------
沖縄の生活慣習に基づく老人看護・介護~カミダーリ・コンプレックスへの対処~
○藤田直子・玉城直子・上原千賀子・比嘉ひろみ・須田直樹 老人保健施設・西原敬愛園
又 吉 正 治 メリーランド大学アジア校/家族療法研究所
はじめに
祖先崇拝の生活慣習が根強い沖縄では、祖先祭祀の時期(旧暦の毎月一日と十五日、命日、清明祭、盆、御願解き(ウグワンフトゥチ)、屋敷の御願、その他)になると、そわそわ、イライラし、いわゆるチム・サーサーして徘徊や不眠などを起こし、看護・介護スタッフの手を煩わせてしまい、業務の遂行が困難になってしまうことが頻回に発生する。特にスタッフが少ない夜間に発生するのは問題である。この様な問題に対して、従来は精神安定剤や睡眠剤(あるいはそれらの偽薬)を投与して対処するのが普通であった。しかし、これらの諸行動はカミダーリ・コンプレックスの所産であるという理論に基づき、精神療法的に対処を試みた例について報告する。
コンプレックス論
コンプレックスの概念はフロイトによって提唱されたが、その概念を我が国の文化の範疇で解釈すると、次のように拡張することができるI。子育てを「子の心に生じる不快感を取り除き快感に変える一連の作業」と定義し(子育ての本質)、それを機能する乳房の所有者である母が実践する文化では、生後半年が経過する頃には「不快感」「母」「快感」の三要素の間に条件反射が成立し(条件母性反射)、子は人見知りを呈するようになる。これ以降、子は性別には無関係に、母にもっぱら「甘える」こととなる。子が母に甘えることを阻害する要因として、次の五つが代表的なものである。
(1) 父親…西洋の生活様式では、夜になると子は母を父に取られ、甘えたくても甘えられなくなる…エディプス・コンプレックス(S. フロイト)。
(2) 女…我が国の生活様式では、母が女に変身するときは、子が母に甘えられなくなる…アジャセ・コンプレックス(古沢平作)。
(3) 仕事…洋の東西の区別無く、母を仕事にとられると、子は甘えたくても甘えられなくなる…テーゲー・コンプレックス(又吉正治)。
(4) 同胞…洋の東西の区別無く、同胞に母をとられると、子は甘えたくても甘えられなくなる。特に第1子と第2子で顕著…チャッチ・ウシクミ・コンプレックス(又吉正治)。
(5) 宗教…洋の東西の区別無く、母を定期的に宗教にとられると、子は甘えたくても甘えられなくなる…カミダーリ・コンプレックス(又吉正治)1。
以上の五つのうち、(5)が本報告で対処を試みるコンプレックスである。これは母親が定期的に宗教行事・祭事に熱心に従事し、その結果、子は甘えたくても甘えられない状態に置かれて拗ね、僻み、恨み、ふて腐れ、自棄糞の心意が生じ、母親を奪ってしまう宗教、祭祀の対象(沖縄では祖先)に嫉妬の念が湧くものである。したがって、チム・サーサーしている本人の心の内には、親(特に母親)に甘えたい心意、ほったらかされて寂しい心意、誰か構ってくれないものかという心意、といったものが基本的に存在すると考えられる。もちろんこれまでの生活史上の人間関係から生じた種々の感情もあるが、ここではこの三つに限って対処してみる。
火の神の設置
祖先崇拝の生活慣習において、火の神は最も基本的な祭祀用具である。既に慣習化されているため、その意味をふまえている人は多くはなく、「昔から行っているから」とか「身体に染みついた習慣」となっているものであるが、琉球文化の精神分析的研究によればII、究極の祖先である「天」「地」「海」の大自然を象徴し(3本の線香で表現)、かつ全ての祖先を象徴する12本の線香を使用して、目前の祖先から究極の祖先に至る、全ての祖先を象徴する。この様な意味を有する火の神を家族機能回復室(ADL室)内に設置(ウンチケー)し、必要に応じて使用することとした。火の神は「お通し御願」すなわち遠く離れたところへも自分の思いを伝えてくれるということが言われており信じられているため、死別、離婚、内縁、といった単純でない親子関係を有する人にとっても、画一的に利用できる便利なものである。
実施例
本人および家族のプライバシー保護のため、本人の情報に関しては、本質を変えない程度の改変と簡略・省略されている部分があることをあらかじめお断りしておく。また試験的研究でありスタッフの問題もあって、老人保健施設という原則的には3ヶ月の入所といった制約もあって、長期間に渡る詳細な観察が不可能であるという状況の中での報告であることもお断りしておきたい。
入所者88歳と85歳の女性(2階病棟(痴呆棟))が、前者は日頃から不眠を訴え続けており、特に旧暦の一日と十五日前後には徘徊がひどく、目が離せないし寝付くまでが一騒動である。後者も不眠は同様であるが独り言を繰り返し、傍迷惑である。
以上のような女性を個別にADL室へスタッフが誘導し、15本の線香をとして火の神へ立てる。すると、昔からの習慣が身に付いているせいであろうが、流暢に、かつ丁寧な琉球語で1~3分ほど祈る。内容は子孫の守護と繁栄、和合の懇願に関することが共通している。終了後には、ADL室内のテーブルについてお茶を飲みながら話し合う時間を15分前後持つ。この段階で、人が打って変わったような落ち着きを見せる場合が殆どで、効果があることが確認できる。
ここには、先に述べたカミダーリ・コンプレックスの基本的心意、親(特に母親)に甘えたい心意、ほったらかされて寂しい心意、誰か構ってくれないものかという心意、がスタッフに介護されながら、親に甘える、という心意が、その程度は不明であるが、実現されているので、不眠、徘徊、独り言が解消されるものと考えることができる。しかし、その効果は、就寝して翌日を迎えると消失している。
おわりに
カミダーリ・コンプレックスを有する老人への精神安定剤や睡眠剤(あるいはそれらの偽薬)の代替となる精神療法的な効果を期待して試験的に特定の二人について実施してみた結果、その効果はあるものと確認することができた。今後は、この様な精神療法の対象となる人の判別法、他のコンプレックスに基づく行動への対処法、介護のあり方といったものを機会ある度に検討していきたい。これはいってみれば「人と人(祖先も含めて)の心のふれあい」であり、今後の老人介護のあり方の一方法を示唆していると言えよう。
参考文献
1 (3)、(4)、(5)の呼称は、沖縄県内での発表ではその様で良いが、英語での講義では、Job Complex (Hippie Complex), Siblings Complex (First Son Repression Complex), Religion Complexといった具合に表現されるIII、IV。
I 又吉正治:正しい「甘え」が心を癒やす、文芸社、東京、1998.
II 又吉正治:琉球文化の精神分析第1巻・第2巻、月刊沖縄社、沖縄、1999(第6刷)。
III Naoko Asato & Masaharu Matayoshi: Maintaining Quality of Life for the Elderly - Introduction of Indigenous Belief System to Improve Inpatients' Family Relations, Okinawa-America Family and Education Conference, Tropical Technology Center, Gushikawa City, Okinawa, 20 February 1999.
IV Masaharu Matayoshi: The Bond Between Mother and Child, Expansion of Maslow's and Freud's Theories, ibid.
PR